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zoom RSS 「入院させてください」と相談された時の気持ち

<<   作成日時 : 2005/08/28 18:00   >>

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入院させてくださいと言う相談は意外に多い、仕事をしていて病院の機能の問題があり、すぐに入院できますと返事ができることは少ない。
次の文書は通信教育の宿題で書いたものだが、本音も混じっている文章なので公開することにする。

 対人援助職であれば、どのような職種に関らず「自己覚知」と「傾聴」は重要である。その重要さを確認するような場面には日常しばしば出会う。それは次のようなものである。
 医療相談室に、「母親を今日すぐに入院させてください」と3人の男女が来所した。昨日他院を退院したが、突然寝たきりになり、オムツを使用していると話す。
 相談者は長男夫婦と長女だった。病名は神経痛とうつ病である。入院中は歩行していたということ。母親は単身生活で、自分達は介護できないと言う。来室して突然の介護は出来ないという言葉と入院相談に、家族に対しマイナス感情が湧いてきた。
 しかし、この時点で自分の感情に気づかなければ、当院が急性期病院であることを説明し、他院への相談と介護保険の利用を勧めて、相談を終了していただろう。
ソーシャルワーカーの立場でも、気づかぬうちに高齢者に同情的になっていることがある。まず自分が十分「傾聴」出来ているか、相談者の言葉に耳を傾けながらも同時進行で自分自身をチェックする作業が必要である。
 この同時進行の作業が出来るかどうか、という点に「自己覚知」がどのレベルまで出来ているかが現れる。
 さて、先の相談者に、入院が必要だとされるのは、医療的な治療の必要性を医師が判断するかどうかによると説明すると、治療か介護かという話になった。
 相談者にとって母親の介護はどういう負担になるのかと聞くと、次のようなことが分かった。半年前、子供達が自分達の近隣のマンションを契約し母親を転居させたこと。また、この子供達は母親に育てられた年数が短く、関るようになったのは母親が高齢になってからだということだった。
 子供達の母親に対する心理面での愛憎と、体力的負担の両面が絡んでいること、母親の状況が予想と違う展開となり混乱してしまい、3人では解決できず相談先を探して当院に来所したことが理解できた。
 子供達の来所の第一の目的は、入院できる病院を見つけることだったのではなく、母親にどう対応してよいか、その相談先を見つけることだった。
 相談者の主訴が相談の本来の目的ではないことがある。言葉の表面だけを聴き、対応していたのでは、相談者にとっての解決策にはならない。丹念な「傾聴」は相談の基本である。
 
(患者さんと家族のプライバシーの保護のため記事の一部は事実と変更しています。)
〔参考文献〕
・「「自分」と「他人」をどうみるか 新しい哲学入門NHKブックス596」滝浦静雄著/日本放送出版協会 1990

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興味を持って読みました。「入院させてください」と相談をもちかけた人には結局どうされましたか。
ご意見を頂ければ幸いです。
http://d.hatena.ne.jp/coping-with/
coping-with
2011/01/22 16:24

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